昭和初期の家から知った「片付く家」の本質

実家のオーガナイズを進めているんですが、これが学びが多いのです。
曾祖父母が暮らしていたのは昭和初期の家。
改めて向き合い、しくみの違いに気づきました。
その住まいは、現代の住宅とはまったく異なる構造ですが、日本の暮らしと気候風土に非常によく適応した「合理的な仕組み」を備えていたことに驚かされます。
日本の気候と暮らしに最適化された昭和初期の住まい
まずは構造の仕組みです。
当時の曾祖父母の木造住宅には基礎がなく、石の上に柱を立てる軸組構造でした。
基礎がないって、すごいでしょ。
この家、東北の震災でも倒れたり壊れたりしなかったのです。
なぜでしょうか?
それは、釘を使わない工法なので、揺れを吸収すようです。
そして、もう一つ驚いたこと。
近所から家ごと丸太を下に敷いて、家をのせて転がして引っ越したと言うのです。
(ちなみに、工務店を営む友人によると、今その方法で引越しすることは不可能ではないようですが、
何千万も費用がかかるそう。)
すごいですよね。
基礎がないので床下には空間があり、高温多湿な日本の気候に対応するための工夫がなされていました。
畳や障子、襖といった仕切りは、調湿・断熱性に優れ、夏は涼しく、梅雨時でも比較的快適に過ごせたたようです。
一方で冬の寒さには弱く、火鉢や掘りごたつ(練炭が熱源、気をつけないと焦げたりやけどしたり)など、生活の知恵で補っていました。
部屋はすべて畳敷きで、家具は最小限。布団を押し入れにしまえば、寝室は客間にもなり、空間の用途を柔軟に変えることができました。
暮らしに合わせて空間を使いこなす、非常に可変性の高い住まいだったのです。
「あなたが悪い」のではなく「間取りに余白が取れていない」

また、昭和初期の家と現代の家では、間取りの仕組みも大きく異なります。
特に象徴的なのが「土間」や「縁側」といった中間領域の存在です。
これらは屋内と屋外を緩やかにつなぎ、空間的にも心理的にも“余白”を生み出していました。
土間は日差しを遮り、冷たい空気を取り込む役割を果たし、野菜や頂き物などの一時置き場としても活用されていました。
現代の住宅では、このような余白や中間領域がほとんどなく、「とりあえず置いておく場所」が確保しにくくなっています。
結果として、物が溢れ、散らかりやすくなるのです。
西洋由来の間取りが生んだ日本人の暮らしとのズレ

戦後、日本の住宅は急速に西洋式の間取りを取り入れました。
フローリング、ダイニングキッチン、クローゼットといった変化は合理的である一方、
靴を脱ぐ文化、四季のある暮らし、行事や家族構成によって物量が変わる日本の生活には、必ずしも合っていませんでした。
畳と押し入れを前提とした暮らしから、ベッドと用途固定型の空間へ移行したことで、
「収納はあるけれど使いにくい」
「戻すこと自体が負担になる」
「使える空間が狭い」
と感じる人が増え、片付かない原因を自分の性格の問題だと捉えてしまいがちになったのです。
ライフオーガナイズとの関連性
