片付けられない母を責め続けてわかったこと
【ブログ】Vol.84 あきの気ままに生きさせてッ!
「どうして散らかしっぱなしなんだろう」
「だらしないなぁ」
自分の家族にそんな風に感じること、ありませんか?
私もそんな人の、一人で、心の中で母を責め続けていた時期がありました。
振り返ると、その期間はなんと約40年。長いですよね。
責めれば責めるほど、怒りが湧いてきて、変わらない母をまた責める。
そんな悪循環の中にずっといたんです。
自然と人が住む空間、環境と心理に興味が湧いて、大学の卒論ではそれについて原稿用紙100枚にわたる論文を書き、住宅メーカーに就職。
家族は「システム」
ですが、当時の私には完全に抜けていた視点がありました。
それは、心理学を学んで、「家族はひとつのシステムである」という考え方に出会ったときです。
家族が何らかの理由で機能不全に陥ると、最も影響を受けた家族の一員が症状として不具合を起こす——そんな考え方があります。振り返ると、母は私が小学生の頃から慢性的に体調を崩していました。
本来、目を向けるべきは個人ではなく家族そのもの。
けれど、家族に責められた母は「守り」に入り、次の一歩を踏み出すエネルギーをどんどん失っていったのではないか。
つまり、母が片付けられなかったのは、意志が弱いからでも、だらしないからでないかもしれない。さまざまな複雑な家族の機能不全があって、母が自分自身を責めたり我慢し続けたりしたこと自体が、片付けられない母をさらに作り出していたのかも。そう気づいたとき、40年分の怒りの方向が違う方向へ向いたのです。
責めるのをやめたら何が変わったか

母を責めるのをやめて、「一緒に片付けてみよう」と向き合うようにしてから、少しずつ変化がありました。
片付けそのものが変わったというより、母に向き合う自分の心が開いたのです。
開いた心は、びっくりするほど自然に動きます。
「母が片付けられないから私が代わりにやらなきゃ」ではなく
「母のペースで寄り添ってあげよう」という気持ちで、実家の片付けに携わるようになりました。
実家は遠方なので、1年のうち数回ですが、そんな時間を積み重ねられるようになったのは、
私にとってかけがえのない経験になりました。
今日からできる、小さな見直し
もし今、片付けられない家族を責めているなら、まずはこの問いを自分に向けてみてください。
・家族が片付けられない理由は、本当に片付けが苦手なだけでしょうか?
・家族の中で、役割やもめごとが偏っていることはありませんか?
・その中で、片付けられない家族はどんな役割を果たしていると思いますか?
責める代わりに家族をもう一度見つめ直してみる。焦らなくて大丈夫。
それだけで、40年かかった私よりも、きっと早く軽くなれるはずです。
今日からできる小さな一歩を、一緒に見つけませんか?
