・やらなきゃ大変になると分かっている片づけを、つい後回しにして後悔してしまう人
・ギリギリにならないと集中できず、いつもストレスを抱えている人
・子どもの先延ばし傾向を、感情論ではなく科学的に納得して解決したいママ
しかも、二分だけ。二ミリだけ。
私はよく、大事なことを後回しにしてしまいます。
昨日も「まずブログを書こう」と思いながら、
結局後回しにしてしまいました。
「よし、やるぞ」とパソコンを開いた瞬間、
なぜか始めたばかりのNotionメールが気になり、
先にメールの整理を始めていたのです。
メールは終わりが見えやすく、
受信箱が整えば、はっきりと「やった感」が残ります。
一方で、ブログを書くことはどうでしょう。
自分と向き合う必要がありますし、
うまく書けるかどうかも分かりません。
それなりの時間とエネルギーが必要です。
書き始めたはいいものの、
「やるならちゃんと」
「中途半端は嫌」
と考えてしまいます。
タチが悪いことに、私は意外と完璧主義。
ちゃんとやりたいと思っているうちに、
時間の感覚はなくなり・・・
気づけば時間が押して、
予定していた場所にも遅刻してしまいます。
そのたびに自己嫌悪に陥り、
不完全燃焼感だけが残ってしまうのです。
これは、サボっているわけでも、
怠けているわけでもありません。
ただ、優先順位の付け方が
になっているだけなのです。
それだけだということを、
意識してほしいのです。
私たちは無意識のうちに、そうしたタスクを先に選び、
本当に大切なことほど後ろに回してしまいます。
心理学とライフオーガナイズの視点で見ると
これは「意志の弱さ」ではありません。
なのです。
ちょっと思い出してみてください。
学生時代、テスト勉強期間になると、
なぜか部屋や机の片づけを始めたり、
「まだ時間あるし」とスマホを見てしまったりした経験はありませんか?
(私はスマホのない時代なので、テレビでしたが)
これは、エネルギーが必要なことや、
失敗の可能性があることに直面したとき、
脳の扁桃体が活性化し、
ネガティブな感情を生み出すからです。
その感情は「脅威」として認識され、
脳に闘争・逃走反応(戦うか、逃げるか)のスイッチが入ります。
この
「不快から、今すぐ逃げろ!」
そんな指示が出るのです。
脳はいつもこう囁いています。
これはとても人間らしく、そして修正可能な反応。
問題は時間管理ではなく、感情のマネジメントなのです。
これは片づけでも、まったく同じです。
床に置きっぱなしのバッグ。
ダイニングに溜まった手紙や郵便物。
「あとで戻そう」と思ったままのキッチントップのお菓子。
片づけたい気持ちは確かにあるのに、
なぜか目をそらし、別のことを始めてしまいます。
コーヒーを入れ直したり、
スマホを見たり、
動画にハマったり。
その瞬間、私たちは短期的な安心感を得ています。
けれど後には、
「また今日もできなかったな」という気持ちが残ります。
ライフオーガナイズでは、これを怠けとは考えません。
片づけは、
何を残すのか。
何を手放すのか。
どこに置くのか。
それは単なる作業ではなく、選択の連続であり、
価値観と向き合う時間でもあります。
だから必要なのは、「やる気」ではありません。
脳を説得することでもありません。
行動で脳をだますことです。
「片づける」ではなく、「触る」。
二分だけ触ってみる。
二ミリだけ動かしてみる。
できたら「これは今の私に必要かな」と考える。
それだけで十分です。
二分、二ミリなら、脳は拒否しにくくなります。
行動を始めることで、脳の側坐核が刺激され、
ドーパミンが分泌され、少しずつ意欲が高まっていきます。
片づけを後回しにしてしまう日は、
こんな言葉を自分に向けてみてください。
合言葉は、オンリーワン。
「今日は、触るだけ」
整えなくていい。
終わらなくていい。
二分できたら、二ミリ動けば、それで十分です。
片づけを後回しにする習慣は、
「私がダメだから」生まれたものではありません。
むしろ、
ちゃんと暮らしたい人、
心地よく生きたい人、
まじめな人ほど、慎重になるのです。
変えるべきは、そんなすばらしい性格ではありません。
変えるのは、
片づけとの距離感です。
今日、部屋が片づかなくても大丈夫です。
触るだけ。二分だけ、二ミリだけ。
私は「とりあえず3行だけ書く」と唱えて、
このブログを書き始めました。
気づけば、最後まで書き終えていました。
やはり、最初の一歩は小さくていいのです。